泰巖宗安記

巻十二年(天正七年)

  同じカテゴリの記事が一覧表示されます

瀬田城跡

天正七年十一月三日安土をたち信長専用宿泊施設ともいわれる「瀬田橋御茶屋」に宿泊。瀬田城跡は、膳所藩士が草庵を結んだ「臨江庵」の跡が城跡といわれており、現在ではマンションが建っている。天正十年六月本能寺の変にあたって、光秀の誘いを受けたが「信長公の御厚恩浅からず、忝なきの間、中々同心申すまじ」として拒絶。瀬田城と瀬田橋を焼いて退いた。 その事を記したものが建てられてます。...

クリックで
記事が開きます
edit-notes16.png2014.05.02.
⇒ 瀬田城跡

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索