昨日購入した冊子。
何で欲しかったのか忘れていたが、見て思い出した。
尾崎晋司著 今川領国下の分限帳と給人検地
において、三河の小嶋源一郎という人物が出てくるのだが、この人物と、小嶋民部との関連が気に
なっていたが、この論文自体には、勿論ヒントはない。
しかし、民部の名と、この小嶋氏の共通点はある。
また、じっくり考えてみよう。だから小嶋民部からなかなか抜け出せない。
信長関連の論文では
永禄九年の畿内和平と信長の上洛 和泉国松浦氏の動向から 「史敏」4
というのが見受けられる。
何で欲しかったのか忘れていたが、見て思い出した。
尾崎晋司著 今川領国下の分限帳と給人検地
において、三河の小嶋源一郎という人物が出てくるのだが、この人物と、小嶋民部との関連が気に
なっていたが、この論文自体には、勿論ヒントはない。
しかし、民部の名と、この小嶋氏の共通点はある。
また、じっくり考えてみよう。だから小嶋民部からなかなか抜け出せない。
信長関連の論文では
永禄九年の畿内和平と信長の上洛 和泉国松浦氏の動向から 「史敏」4
というのが見受けられる。
面白い資料の紹介。一部抜粋。
宗家織田信包卿略記
天文五年(1536年)尾張古渡城にて城主信秀の第四子として生まれ、幼名を中根殿又は市之佐殿等と云ヘリ。
幼少より温厚謹直にして、兄信長とは性質全く相い反し、戦を好まず、平和を愛し、極めて温順篤実なり。中略
元亀元年四月朝倉討伐の出陣に際しては、領地伊勢より出でて、岐阜城を留守す。
この討伐に際し信長卿背後より浅井勢の襲撃にあい、危険に陥ちんとするの報あるや、小谷の城めざして岐阜城出陣の間諜を、つぶての如くに放たせ、この間諜のとばす流言により浅井勢を二分させて、信長卿の背後を襲う勢力を半減せしむ。この事により信長卿の窮地を救い、無事京へ引き上げの成功をとげる。この功績抜群として褒章アリ。
この記録は信包の第二子信久の子孫(高松市)に残るものという。
宗家織田信包卿略記
天文五年(1536年)尾張古渡城にて城主信秀の第四子として生まれ、幼名を中根殿又は市之佐殿等と云ヘリ。
幼少より温厚謹直にして、兄信長とは性質全く相い反し、戦を好まず、平和を愛し、極めて温順篤実なり。中略
元亀元年四月朝倉討伐の出陣に際しては、領地伊勢より出でて、岐阜城を留守す。
この討伐に際し信長卿背後より浅井勢の襲撃にあい、危険に陥ちんとするの報あるや、小谷の城めざして岐阜城出陣の間諜を、つぶての如くに放たせ、この間諜のとばす流言により浅井勢を二分させて、信長卿の背後を襲う勢力を半減せしむ。この事により信長卿の窮地を救い、無事京へ引き上げの成功をとげる。この功績抜群として褒章アリ。
この記録は信包の第二子信久の子孫(高松市)に残るものという。
歴読誌の信長特集。
何といってもその分量の多さに驚く。
表紙は、安土城。着色を加えた天主は最上層の屋根の色が違うのがイイ。
本編はその量から、どれを取り上げるか迷うほど多い。
信長、将軍義昭を攻める
では梶川弥三郎が一番乗りを果たすのを描かれてる。
しかしながらこの絵、柳山方面から槇島城へと渡河している背後に山が見えるが、
あの方面に見える山は後に伏見城が築かれる木幡山。
しかし、この山並みは宇治の山並みに見える。
どうやら、作者は槇島城を東側と考えて描いたのではないでしょうか。
鈴木重幸、信長を狙撃す
では天正四年の本願寺攻めのおりの負傷を、鈴木の狙撃としている。
急所を外れていたが、わざと落馬して敵の目を欺くとは面白い。
これが、智鉄丸だったんですね。
信長、凶夢を見る
は、面白い。信長が午年である事の証左の一つとしてあげられよう。
また、この頃から正月二日に見る夢は、初夢だったんですね(笑
織田信長研究 最前線では各専門の方の論考がずらっと並ぶ。
金子氏の「信長記」研究の現在では、共同研究を行っていらっしゃる代表者さんの中間報告とも
いうべきものでしょうか。
信長記の研究成果の経緯を書いていらっしゃり、問題点やこれからのありようなど論考されてる。
角川文庫の信長公記は、注釈や読み下しなど使いやすいものとなっているが、もう何十年も経過しているので、新しく分かった事もあるでしょう。
一番気になってるのは、昨今の市町村合併による現在地の違い。
例えば、勝幡城跡は現在愛西市、角川版は佐織町。
この調査後のテキストに期待する。
この項の最後に自筆本入手における系図の載せられてる。
旗本花房家からの伝来の手がかりの今後の成果に期待している。
この本の広告に、今後楽しみな予告を見付けた。
歴史と古典
信長公記を読む 堀新編 吉川弘文館
尾張 織田一族 谷口克広著 新人物往来社
が刊行されるそうだ。発売が待たれる。
何といってもその分量の多さに驚く。
表紙は、安土城。着色を加えた天主は最上層の屋根の色が違うのがイイ。
本編はその量から、どれを取り上げるか迷うほど多い。
信長、将軍義昭を攻める
では梶川弥三郎が一番乗りを果たすのを描かれてる。
しかしながらこの絵、柳山方面から槇島城へと渡河している背後に山が見えるが、
あの方面に見える山は後に伏見城が築かれる木幡山。
しかし、この山並みは宇治の山並みに見える。
どうやら、作者は槇島城を東側と考えて描いたのではないでしょうか。
鈴木重幸、信長を狙撃す
では天正四年の本願寺攻めのおりの負傷を、鈴木の狙撃としている。
急所を外れていたが、わざと落馬して敵の目を欺くとは面白い。
これが、智鉄丸だったんですね。
信長、凶夢を見る
は、面白い。信長が午年である事の証左の一つとしてあげられよう。
また、この頃から正月二日に見る夢は、初夢だったんですね(笑
織田信長研究 最前線では各専門の方の論考がずらっと並ぶ。
金子氏の「信長記」研究の現在では、共同研究を行っていらっしゃる代表者さんの中間報告とも
いうべきものでしょうか。
信長記の研究成果の経緯を書いていらっしゃり、問題点やこれからのありようなど論考されてる。
角川文庫の信長公記は、注釈や読み下しなど使いやすいものとなっているが、もう何十年も経過しているので、新しく分かった事もあるでしょう。
一番気になってるのは、昨今の市町村合併による現在地の違い。
例えば、勝幡城跡は現在愛西市、角川版は佐織町。
この調査後のテキストに期待する。
この項の最後に自筆本入手における系図の載せられてる。
旗本花房家からの伝来の手がかりの今後の成果に期待している。
この本の広告に、今後楽しみな予告を見付けた。
歴史と古典
信長公記を読む 堀新編 吉川弘文館
尾張 織田一族 谷口克広著 新人物往来社
が刊行されるそうだ。発売が待たれる。
連載も8回目になりました、桶狭間の最終章。
桶狭間について、論点と主な研究家の名を示しまた、桐野様なりの解釈を分かり易く
解説されている。
中島砦へ信長が向かおうとした時、見物人が帰ったのを、先日三ノ山から、善照寺へ行って見て分かる様な気がする。それまでは、味方の圏内で、敵も見えないし、また安全であったが、ここ善照寺砦は、一番高くて見晴らしの良い所でもあるが、逆に敵方からも丸見えである。
佐々らの敗戦を見て、恐怖を憶えたのも無理はないでしょう。
桐野様の言う、帰ったのは視認できたものと思われるというのは、当たっているように私は感じた。
個人的には轡を取って止めた、家老衆がついていったかどうかが気になる。
義元の本陣についても、気になっている漆山について論考されてる。
最後の指摘である、漆山より西をはじめ志向したのではというのは、なるほどと感じた。
桶狭間は終わってしまいますが、他の所で新たなる論考を期待しましょう。
桶狭間について、論点と主な研究家の名を示しまた、桐野様なりの解釈を分かり易く
解説されている。
中島砦へ信長が向かおうとした時、見物人が帰ったのを、先日三ノ山から、善照寺へ行って見て分かる様な気がする。それまでは、味方の圏内で、敵も見えないし、また安全であったが、ここ善照寺砦は、一番高くて見晴らしの良い所でもあるが、逆に敵方からも丸見えである。
佐々らの敗戦を見て、恐怖を憶えたのも無理はないでしょう。
桐野様の言う、帰ったのは視認できたものと思われるというのは、当たっているように私は感じた。
個人的には轡を取って止めた、家老衆がついていったかどうかが気になる。
義元の本陣についても、気になっている漆山について論考されてる。
最後の指摘である、漆山より西をはじめ志向したのではというのは、なるほどと感じた。
桶狭間は終わってしまいますが、他の所で新たなる論考を期待しましょう。
公武結合の王権構造 堀新著
天皇・天皇制を読む 歴史科学協議会編 東京大学出版会
話題のI氏の展開された、天皇論が述べられてる。
学会の信長好きは、別の言葉でいえば天皇嫌いとなる。
義満の皇位簒奪を論じた拙著「室町の王権」に対して概ね好意的であった学会が、
正親町天皇の政治力を評価した拙著「信長と天皇」に対し一転して厳しい見方をとるのも、
こうした学会の習性をよく表している。
いやいやいやいや、と突っ込みたくなるが、その本読んだ後の違和感は、
学会でも同じだったんですね。堀氏の反論も頷ける。
追記
Tm殿
まだ、I氏の論考読んでませんが、気長に待ちます。
天皇・天皇制を読む 歴史科学協議会編 東京大学出版会
話題のI氏の展開された、天皇論が述べられてる。
学会の信長好きは、別の言葉でいえば天皇嫌いとなる。
義満の皇位簒奪を論じた拙著「室町の王権」に対して概ね好意的であった学会が、
正親町天皇の政治力を評価した拙著「信長と天皇」に対し一転して厳しい見方をとるのも、
こうした学会の習性をよく表している。
いやいやいやいや、と突っ込みたくなるが、その本読んだ後の違和感は、
学会でも同じだったんですね。堀氏の反論も頷ける。
追記
Tm殿
まだ、I氏の論考読んでませんが、気長に待ちます。


