続 名護屋陣

続 名護屋陣

京極系図によると、孝蔵主と松ノ丸殿は秀吉の後を追うように、大坂へ戻ったよう。
系図は扱いが難しいが、この系図もやや錯綜しているが。

松ノ丸殿が武田元明との間に、子をなしたように服部氏は述べていたが、多分勝俊のことでしょうか。
武田元明の子(あくまで説)はいるらしいが、龍子が母ではなさそう。
 津川内記という話しもあるそうだが、うらは取れてない。
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~ Comment ~

No title

 木下長嘯子が武田元明と龍子の子だという説は森家の正史たる『森家先代実録』にも堂々と記されています。
 吉田幸一氏はかずかずの『長嘯子新集』などて考察されています。

No title

南心様
コメントありがとうございます。
吉田氏のは未見ですが、高次(1563生まれ)の妹である松ノ丸殿が、1569年に勝俊を産むというのは、どう考察されているか拝読したいです。
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