豊臣政権樹立過程における於次秀勝の位置づけ

豊臣政権樹立過程における於次秀勝の位置づけ

戦国・織豊期の西国社会 という論集のうちまず一本を読んだ。
著者は片山正彦氏。
位置付けというより、丁寧に説明されている感じでした。
於次と小吉について、秀勝名乗りについて、小吉が生前に秀勝を名乗っていたのを指摘されています。
 しかし、死を予期して早いうちから名乗らせたのではないだろうか。と述べられている。
それが、小吉と於次の混同した原因だと。
 そうすると、於次の名乗りは変わらずに、二人の秀勝が存在したと驚きの論考。
それと、福田さんの徳川秀忠で、江と小吉の婚姻時期を天正十三年十月とあるのを、近年の研究ではと注釈で指摘されてます。岡田さん涙目。
 研究者でも、先行研究に触れない方がいらっしゃいますが、最近は多くみられるようになりましたね。
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