京狩野三代

京狩野三代

生き残り物語を読んだ。
主に九条幸家の生涯について概観されている。
九条幸家は、豊臣秀勝と江との間にできた娘、完子の夫に当たる人物。
一昨年に出て欲しかった一冊だった。
一番興味を惹いたのは、完子の為に淀殿が建てた新御殿についての見解。
この御殿に源氏物語が描かれた、源氏の間があったという指摘。
この内容は不勉強で知らなかったのですが、現在でも屏風となって残っている。
それが、東京国立博物館所蔵の「車争図屏風」だという。
その見解については、本書を読んで頂きたい。
 私が興味を持ったのは、屏風に描かれている人物の年齢について。
源氏と紫の上の年齢が、二十一歳と十四歳。
当時幸家と完子が、十九歳と十三歳と述べられている。
しかし、これは小和田説か太田説か分かりませんが、天正二十年(1592)生まれ説からの逆算。
昔に書いた通り、渓心院文から完子の生年は、もう一年遡りそうな事は以前推測した。
つまり、淀殿は完子の年齢通り、十四歳の紫の上に見立てて屏風を描かせたのではないでしょうか。
何故源氏物語の、車争図屏風だったかは、淀殿に、源氏物語に関する知識と見解を持ち合わせていたのかもと思わせる節がありそう。完子の婚礼行列のダブルイメージという見解もあるようだが、源氏物語も不勉強なので、何ともいえないが。

結局、完子の生年は、やはり1591年生まれではなかったか。
甲府から岐阜への、移封も懐妊→出産を控えての、日秀の嘆願ではと想像を逞しくする。
そうすると江は、19歳で完子を産み。完子は、17歳で二条康道を産んだということになる。

二条家と九条家の関係を、丁寧に論考されているが、三ノ丸殿はスルーでした。残念無念。



スポンサーサイト
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
         
日食  ←日食 【2013年03月】の更新記事一覧 →先の大戦  先の大戦
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索