泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
宝山外志
總見平君信長
従一位右大臣、政事之暇、問法笑嶺和尚、為求起道号、笑師泰岩宗安之字酬之、元亀三年、以大宮郷方十九町為本寺食邑、天正元年、重授印券、永除公課諸役、十年六月、為明智氏所弑、十月、其臣秀吉新建総見院干本山、葬其遺骨、請笑師下炬、勅使入山贈太政大臣、

このブログの名は、信長が生前に大徳寺聚光院住持であった笑嶺宗訴に求めて与えられた道号「泰岩宗安」からとったものである。
信長の位牌は、総見院にもあるが、
総見院殿贈大相国一品泰巖大居士とあり、道号は略されてる。
他の寺院でも、道号まで書かれたものはない。
有名な長興寺信長画像の上部には
天徳院殿一品前右相府泰岩浄安大禅定門
と、少し違う道名が賛されてる。

本朝諡號雑記には
天徳院から惣見院に院号が改めたことが記されているが、異説として華巖院なる院号が記されている。

大徳寺での信長葬儀の引導を務めた笑嶺宗訴は、古溪宗陳ほど有名ではないが、信長と親交はあった禅僧と思われる。

追記
先日の大河ドラマで長尾景虎が大徳寺で「そうしん」と云う道号を授けられたとあったが、事実なのだろうか?
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