黒田官兵衛をめぐる女たち

黒田官兵衛をめぐる女たち

歴史読本

歴史読本 3月号が本日発売されました。
中でも和田さんの執筆された「だし」の論考が興味深かったです。
村重がどんな男か分かります。また、本名についても触れられてます。

「濃」を担当させて頂きましたが、本論考は和田さんにご教示された資料を多く使わせて頂きました。
本文で触れることができませんでしたので、ここに記させてください。
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~ Comment ~

濃姫

k2様
                                 歴史読本 3月号 k2様の担当された評伝を読ませていただきました。

若年の頃は本能寺の変で濃姫が信長と並んで長刀を振るう場面にしびれるほどの濃姫ファンでしたが、もうかなり前から、それは創作にすぎないとの説には抵抗も覚えずすんなり納得しています。

濃姫の生涯については永禄の初期、あるいは弘治の頃には離縁に次ぐ死亡という早世説やその一方では安土殿と呼ばれ慶長17年まで生き延び、死後養華院殿と号されたとの説まであります。

k2様によりますと数々の資料を上げ、これらいずれの説も採っておられないのを、興味深く拝読いたしました。濃姫像を追う参考にさせていただきたいと思います。              

 

濃姫

猫山殿様
拙稿をお読み頂きありがとうございました。
 
ご指摘どおり、私としてはどの説もとっていません。
今後横山氏の説を補強できるような資料が出てくるか、または和田氏が新資料を見つけられるか。
私が死ぬまでには、明らかになってほしいと願っています(他人本願ですが)。
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