軍師官兵衛を見た

軍師官兵衛を見た



ちょうど、昨日現説に行ってきた。
写真が主殿があったと思われる方向から見た庭。
分かりにくいですが、左側に二本のヒモがつってあるところに橋が渡っていた。
手前には石段が見受けられる。
 もっとも官兵衛があの段階で岐阜へ来たかどうかは疑問。
来たとすれば、手前の主殿での対面であったろう。
現説のかたも説明されていたが、岐阜市歴史博物館紀要21号
フランシスコ・カブラルの長崎発書簡(1572年9月23日付)に見る岐阜 岡美穂子著によると
信長家臣は、一万の兵を率いる大将でも、みすぼらしい身なりだったという。
信長は、上品な格好で過ごすのを、柔弱になるといって、喜ばないからであるといいます。とあります。
あのシーンでは、御殿はあれよりもっと立派なものだったと思われますが、逆に柴田以下信長家臣の衣裳は、みすぼらしい格好であったと思われます。
 ただ、あれだけのメンツが揃っていなかった事は、言うに及びませんが。


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