新刊続々

新刊続々

松下
今年は読みたい本が多く出ますね。
安土城跡発掘調査の現説でお見かけしたことある松下氏の本。
織田信長 その虚像と実像
アマゾンのレビューで、人物叢書の二番煎じと書かれてます。
あのレビューって書いた人から見たら、やっかいなものですね。

谷口克広氏の新刊も楽しみですが、前々著?「信長と家康」を買いそびれてましたが某大手古本店にてやっと手に入れました。
某子孫本で気になったので、穴山梅雪の本探しに図書館にて借りて来たのが
穴山武田氏 平山優著 
ついでに四国戦国世界 四国中世史研究会・戦国研究会 編と豊臣政権の正体
それぞれ2400円と2800円買うにしては、興味の薄いほうなのでためらうのですが。
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~ Comment ~

NoTitle

K2さんどうも。

案の定、子孫氏が反論を展開されていますね。
またしても桐野さんまでを引き合いにだされ(笑

まぁ正直、六月十二日で紙切れというのは都合よすぎるとは思っていました。映像を視てもまだ一日分は書けそうですから、光秀の敗戦を知り一旦筆を止めたというのが真相でしょう。
そのうえで、改めて新冊には六月十三日から書き始められたと考えます。

金子さんによれば、正本は後日、天正九年の日記に書かれていた六月十二日までの分と合わせて浄書されたものであり、別本は天正九年の日記に書かれていたので残ったが、本来の六月十三日からの日記は破棄されたとのことですが、それにも疑問がない訳ではありません。
と言うのも、新冊に六月十三日から書き始めたとすれば、やはり半年分の余白が残ってしまいます。

そこで考えられるのは、新冊には最初から六月十二日までの分を後から書き加える、あるいは天正九年のものを綴り直す意図があったのではないかということであり、前もってその分の余白を取って書き始められていたのではないでしょうか。
現物が写本だけに検証は難しいでしょうが、一年分を丸々書き直すよりも労は少なかったと思います。

結局、六月十二日までの分は綴り直しではなく書き加えられたものとみられ、その際、少しでも光秀との関わりを薄めようとしたのも事実でしょう。
しかし子孫氏が言われるように、十三日の光秀敗報を聞いて書き換えたというのは余りに穿ちすぎでしょう。おそらく書き換えは、ある程度事態が落ち着いてから行われたのではないでしょうか。

子孫氏は別本が残された理由に天正九年の日記に書かれていたことを認めたうえで、それを処分するには天正九年の分までを書き直さなければならないと指摘されていますが、もし証拠の隠滅をはかり書き換えを行ったのなら、その時点でその部分を白紙と差し替え破棄していてもよさそうであり、そうした工作がなされていないことからも、書き換えに余計な詮索をすべきではないでしょうね。

NoTitle

Tm様
読みましたよ。予想の上を行く内容でしたね。
光秀の敗報を受けて、日記をつけるどころではなかったのは首肯できます。
しかし私は金子さんの論考を否定する材料を持ち合わせてません。
確かに薄めようとしたように感じますが、それでもあまり意味がなさそうに思います。
誠仁親王の使者として、安土へ行っているのは誰でも知っている分けですから。

兼見に関する研究成果を否定されている様は、故立花京子さんが日々記の見解を発表された後に、ふるぼっこされているのを思いだしました。
 これから他流試合の様な感じになるのでしょうか

NoTitle

未だに無垢な読者は多いようですが、最近ではそれを「読み物」と割り切る真摯な読者も増えてきつつあるようですし、なによりまともな研究者は相手にしないでしょうから、ご本人の意気込みとは裏腹の一人相撲で、一時の話題で終わるのではないでしょうか。

NoTitle

Tm様
今後も目が離せませんね。

NoTitle

Tm様
某大手古本屋で三冊もありましたので、買ってみました。

NoTitle

k2さんどうも。

自分も今一度読み直そうと思ったのですが、まことに苦痛で・・・・・(笑

NoTitle

431年前の真実は、前著の改訂版だったのですね。
確かに苦痛でしたが、読み飛ばしながら見てます。
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