片原町

片原町

本庄惣右衛門覚書に出てくる、片原町。
ここは、一体どこなのだろうか。
光秀の居城亀山城からのルートを考えると、桂川の手前樫原だと思うのだが、、

ある本には、片方が町屋が片原町と書いてあったが、いかがでしょうか。

先日購入した御土居堀ものがたりに、気になる記事があった。
長坂口がそうなのだが、中村氏は丹波へ向かう杉坂街道が通っており、天正十年迄は存在していたらしいと論考されてる。
この長坂口は、京都市内の北、千本通りの最北端に辺る。
丹波と言っても、亀山へ通じるのではなく、京北町へ至る街道である。
京北町は、光秀が築城したという、有名な周山城がある町で現在、京都市右京区であるが、三年前までは、北桑田郡であった。

この街道を、秀吉が封鎖したのは、光秀軍がこの街道を通ったことを意識した為であろうか。
というのも、片原町は、長坂口を下がって、今出川通り(上京区)辺りにもあるからである。

片原町とは、一体何処だったのでしょうか?

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