大河内城攻め

大河内城攻め

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大河内城跡説明版
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大河内城跡東側入り口から城跡を望む。
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織田信長本陣跡といわれる東の山を望む。

谷口さんの新刊読んでます。やはり安心して読めますね。
信長なんざ他の戦国大名と変わらないという研究者もいますが、この攻城戦も苦心したわりに、講和条件は信長方有利に結んでます。志賀の陣にしても、山科・醍醐まで進出した浅井・朝倉軍は信長が大坂から引き上げたら、山上から降りてくることもなく、何ら守らされるようのない条件の講和を結んで帰国します。
 何ら変わらないどころか、一般的なイメージで思われる信長像とは違うことが分かる。
信長研究の最前線を読んだ方は、この著書を読んでいただいたら、信長研究者との乖離がこうまで違うというのが分かって頂けるのではないでしょうか。

ところでこの講和で、信雄と北畠の娘の婚姻がなってます。
以前調べたなかで、具教を殺害した後に死んだ雪姫だったかと、長男秀雄を産んだ木造の姫は混同されていないかという疑問はそのままであるが。元々この時婚姻は、木造の娘で、雪姫は軍記ものの創作ではないかと思っていたが、そのままになっていることを思い出した。信雄が養子入りして、木造の娘がそうなら信長方のかなり有利な条件だったのでは。
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~ Comment ~

NoTitle

k2 様

ご無沙汰しています。ブログやツイッターは読ませていただいておりますが。

k2様の織田信雄の研究、考察がいっそう進むことを祈り、期待しております。

金子拓氏の織田信長<天下人>の実像はすでに読み終えております。
信長が朝廷に対しゴリ押しや高飛車の姿勢で臨んでいなかったことなど一般的
信長像とは違う信長像は大いに勉強になりました。
次は信長研究の最前線を読もうとおもいます。



NoTitle

猫山殿様
こんばんは。
ありがとうございます。
伊勢といえば、犬山殿の娘が一身田の某寺に嫁した記録もあります。
これも信雄がしたものと思いますが。

最前線より、谷口さんの信長と将軍義昭のほうがお薦めです。

NoTitle

k2 様

ご教示ありがとうございました。
さっそく、最前線より前に信長と将軍義昭を読もうと思います。

年初にお伊勢参り(笑)に行き松阪にも足をのばしましたが、大河内城跡にまで至らなかったのは残念でした。しかし途中、田丸城址は巡ってきました。そういえば町役場には今もって江姫ゆかりの地云々の横断幕がかかげられていました。

犬山殿と信雄のつながり(まぎれもなく伯母と甥ではあるのですが)を追い求めて(笑)止みません。
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