泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
信長の舞台跡
岐阜県可児市

岡本(久々利)西の巖の上に高い地に八畳余の平地あり。
今も信長の舞台跡と伝う。
天正十年三月、織田信長は、武田勝頼を討ち滅ぼして帰途、金山からすヶ峰城に宿られたのを機に、久々利城主土岐三河守は岡本の高地に舞台をしつらえて、信長公を迎え酒宴を設けて馳走し、嫡男亀松十五才をして猿楽の能を舞はせて大将の旅愁を慰めし遺跡なりと伝う。(可児町史)

*現在は道が雑草に覆われて登ることを断念。
武田討伐の帰途ではなく、前であろう。

金山城主三代記
久々利の城主、土岐三河守が金山に出迎えてお礼をいい、
久々利に案内した。久々利では、三河守の子供亀松に会われ、
酒宴の上、亀松の「能舞」を鑑賞し、小姓に取り立てると言い伝えた。
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