泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
安土城内の女性達
武藤様のブログで、安土城伝二ノ丸が話題になってるが、
木戸氏は、ここをハレとケでいうと、ケ。
つまり、信長のプライベートな空間ではなかったかと論考されてる。

では、城内で起居したであろう信長の上臈衆(側室?)の実態はと言うと、
よく分からない。ただ一つ示唆を与えてくれるのは、晴豊公記(天正十年夏記)である。

四月廿三日に勧修寺晴豊が安土へ下った際、信長との橋渡しをしたであろう、
おくと、うちの若上ろう
という者が登場する。
このおくは、立花京子説。
これをおかかと読み下したのが、橋本説。
友人は、おぐら。つまりお鍋ではないかと述べられていた。

何れにしても、私は読み下せないので(笑)判断はつきかねるが、意外にも女性が活躍しているのが分かる。その後、宿へ帰った晴豊に「おく」よりたる有候、わか上ろう来たりおおさけ也。
とあり、何とも不思議であるが、城から出たわか上ろうは、晴豊たちと酒盛りをしたそうである。

続きはまたの日に。

コメント
この記事へのコメント
安土城と女性
・・・というテーマで自分がすぐ想像できるのが竹生島日帰り事件。
「御女房たち、或は二丸まで出られ、或は桑実寺薬師参りもあり。(角川日本古典文庫)」
と二丸が出ててちょっと驚いた。
桑実寺と併記しうる二丸ってどの郭のことだったんでしょう。
2008/01/31(木) 23:54:57 | URL | 武藤 臼 #-[ 編集]
武藤様
二の丸は、木戸説では伝菅屋邸ですね。
天正十年の御留守衆が、本城より二の丸の人数のほうが多いんですよね。
これも謎です。
注 信長廟がある二の丸は、貞亨古図からの推定です。
2008/02/01(金) 22:39:50 | URL | k2 #-[ 編集]
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