古溪宗陳の法語録(蒲庵稿)にある上記女性の三十三回忌。
施主は難波に居住したとあるが、本女性については、例えば茶道文化研究や、大徳寺禅語録、古溪宗陳(竹貫元勝著)など特定には至っていない。
年次は、天正十二年仲夏廿九日。三十三回忌と言うことは、天文廿年に没。
この年に亡くなった方で思い浮かぶのは、濃姫の母小見の方。
美濃国諸旧記にある、天文二十年三月十一日卒。
年は合ってるが、日は合わない。濃姫が天正十二年難波に住んだというのも可笑しな話ですが、、、
濃姫の足跡を求める事は、難しいですね。
施主は難波に居住したとあるが、本女性については、例えば茶道文化研究や、大徳寺禅語録、古溪宗陳(竹貫元勝著)など特定には至っていない。
年次は、天正十二年仲夏廿九日。三十三回忌と言うことは、天文廿年に没。
この年に亡くなった方で思い浮かぶのは、濃姫の母小見の方。
美濃国諸旧記にある、天文二十年三月十一日卒。
年は合ってるが、日は合わない。濃姫が天正十二年難波に住んだというのも可笑しな話ですが、、、
濃姫の足跡を求める事は、難しいですね。

