泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
赤沢加賀守
信長公記首巻に登場する赤沢加賀。
その居城については、以前書いたが、その人物についてはよく分らなかった。
それが分かる記述を見つけた。
信長に対して、鷹を進上しようとしたところ、天下を取ってからと返答した信長に、京都で笑いものにした赤沢だが、信長は本当に上洛を果たした。
赤沢加賀守は驚いたに違いない。案の定、光秀の丹波攻略の際、反抗したようである。

赤沢加賀守義政領之同郡穴太村長谷山ニ要害ヲ構へ、今長谷山ノ近辺領所詳ナラズ。天正年中明智日向守光秀ニ攻落サレ牢籠ノ身トナル。慶長八年十一月十日南掛村ニ於テ病死
(南掛村東懸村地頭並百姓代々記 正徳2年6月 石田伝左衛門長良著)

信長、秀吉、家康時代を生き抜いた事が分かり意外であった。
もう少し早く亡くなってると思っていた。どの様な気持ちで時代を見て晩年を過ごしたのでしょうか。


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック