泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
摂津国人領主塩川氏の記録
「高代寺日記 塩川家臣日記 下」紹介 鶴崎 裕雄著
関西大学文学部史学科 創設25周年記念 日本史学学論集

内閣文庫にある、上記日記の紹介。
先の織田弾正忠入道の記述がある、私の記録と同じく興味深い内容となってる。
秀吉を、木下とあったり、家康を東公と呼んでいることが注目される。
信長の時より、塩川長満に関して注目記事がある。
長満は、天正十四年十月五日没。四十九歳。輝山源光大居士ト号す。
これは、室家が足利義輝の娘である縁と言う。

さて、信忠の室が長満の娘であるなら、義輝の外孫を信長が娶わせたト言う事でしょうか。
また、長満は信長より四歳下、と言う事になり年代は問題ないが、義輝の娘と言うのは年代が合わない気がするが。
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