泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
永禄七年、織田信長、尾張を統一する
井口友治著 歴史研究 臨時増刊 在野史論第二集 新人物往来社

1、永禄二年統一説への疑問
と、題して岩倉城の破却をもって尾張を統一した色々な著作への疑問である。
桶狭間の戦いでも、兵数が統一していた割二少ない事に疑問を投げかけている。

2、犬山城の織田信清
著者はその家老であった、黒田城主和田新介と、お久地城主中嶋豊後守との
トライアングル。
つまり、その支配地を結んで見ると広大なものになる。
これは、公記にも記されているが桶狭間以降の尾張で信長が戦っている証左である。

3、永禄七年(1564)尾張統一
公記にある、犬山両おとな御忠節の事
は、信清が信長に従属したと考え、信長への謀反と解した。

まとめ
著者は、犬山攻めと同時に東美濃攻略にも触れ、永禄七年を尾張統一だけではなく、飛躍の年であったと結んでいる。

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