中世京都の都市と宗教

中世京都の都市と宗教

先日のシンポでも発表者でもいらっしゃった、河内氏の著作。
今日の京都新聞で、その模様が記事になってました。
数年前安土城考古博物館で行われた、信長と宗教勢力での講演を拝聴した時に
内容は忘れたが(笑 、良くドラマで聞く会合衆(えごうしゅう)は、かいごうしゅうと読むのが正しいと
述べられた方と言うのは、覚えてる。
最近では、著者の論文をよく読ませて頂いてる。

この本では 第二部 織豊期 山門延暦寺焼討再考序説
がお奨め。
再考と言う名の通り、よみごたえがあったし、また出典が明示されているので読者に優しい内容となっている。
延暦寺焼討に至る、前年の志賀の陣を、新しい切り口で述べられてるのは
他にはないように思った。
宇佐山城の裏、今道越え(現在の山中越え)をめぐる攻防は何となく分かるが、その他にも京都と坂本とは道が通っており、浅井朝倉が京都に出てくる事も出来ただろうし、またそれを可能にしたのは、
延暦寺の後援があったのに他ならない。
信長方も逆に京都側から、夜に山へ攻め上った事もあった。
などなど、寺社がらみの河内氏の論考は分かりやすく面白い。
ここにはドラマにあるような、秀吉が手を抜いて女子供を逃したというのは当たり前だが見られない(笑

(一乗寺の渡辺氏という土豪がいるのだが、京都のY氏という方が、この渡辺氏の居城を麓では無く、
もっと山中ではなかったかと、登山された報告書を昔読んだが、又探してみよう)

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