阿弥陀寺 墓について

阿弥陀寺 墓について

織田信長本廟と称される、京都寺町阿弥陀寺の墓地。
門をくぐって、墓地に入ると正面に見えるのが織田信長と信忠の墓。
信長の墓塔のほうが、やや大きい。
向かって右、下に見える同じ墓塔が信孝の墓。

その周りに見えるのが、本能寺の変の際、討ち死にした者の墓。
手前から
天月宗三 福富平三
津田信貞
月江宗春 森乱丸
花月宗泉 森力丸
祐月宗徳 森坊丸

ここから、猪子兵介まで墓石が磨耗して読めない。
二番目が、孝岳全忠 津田九郎二郎

猪子兵助
因叔常縁 薄田与五郎
雄巌宗英 津田勘七郎
江月宗範 団平八郎

正面、信長信忠墓の後ろ
総供養墓
芳林宗恩 湯浅甚介
大龍寺 津田信広?織田信康?
不明

阿弥陀寺文書によると
一、惣墓の外、廟所石塔別に有之候分、森蘭丸、福富
平左衛門、津田権之佐信貞、津田九郎次郎、赤座七
郎右衛門、團平八郎、湯浅甚介、櫻木傳七郎、青柳
勘太郎、桑原吉三、右之外惣墓ニ一所ニ有之、

とある。これを見ると、見当たらないのは、赤座、櫻木、青柳、桑名の四名。
これらが、津田九郎次郎墓の回りの不明墓のあるじと思われる。
墓参の際は、参考まで。

参考までに、墓地に入って右側に斉藤新五郎の大きな五輪塔があり、
信長、信忠墓を右側に行くと、清玉上人の墓がある。
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~ Comment ~

天月宗三 福富平三
とありますが、天月宗空居士と墓石にありました!

きち様
本当に久しぶりのコメントですね。
ブログ拝見しました。勢力的に動いていらっしゃいますね。
福冨は、御指摘ありがとうございます。
過去帳は、やはり火事の後できたものでしょうね。
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