塩尻巻之三十二
平信長桶狭間の役に乗られしは牝馬なりしとかや
自秘蔵の馬十二疋を屏風に描せ玉ひしに彼牝馬を
其中に図せしめたまひし其屏風織田山城守長頼朝
臣逝去の後遺物として我大納言家に賜られ侍りし

馬年の信長は、馬をこよなく愛した。
今で言うと、車好きに通じるものか。
平手五郎右衛門との、馬のやり取りも考えようによっては、
幾らでも、解釈可能であるが、その辺りは専門家に任せて
本ブログでは、馬の名前について述べてみたい。
おこりおとしばしにある、「しろ」とは可笑しい名であるが、尾張恂行記には
記されていないので、信憑性は低い。
しかしながら公記には、「やばかげ」という名が見れる。のでこちらは確定である。
子供の幼名の様には、名付けてないのようなので、馬に対する愛情と、子に対する愛情とは
違うようである。
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