泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
信長母 その一
塩尻巻之四十一

信長公天文三年甲牛五月廿七日生まれ 尾州生まれる
母ハ六角高頼女實政頼之女也

森家先代実録
名古屋因幡守の事
一 名古屋因幡守ハ、生国尾州、父ハ織田備後守信秀室の兄弟也、故ニ信長公モ浅井備前守長政室モ
因幡守ハ従弟也、後略

これによると、信秀室つまり信長母は、名古屋氏という解釈も成り立つ。

片原一色村誌(一宮市史)
上田氏傳
織田信長公ノ母公上田氏。名不詳。
生地 中島郡片原一色村。
生卒 不詳
事蹟 前略 上田氏ノ女、織田弾正忠信秀ニ勝幡ニ嫁シ、天文三年正月、信長公ヲ名古屋城ニ誕生ス

塩尻からの解釈でしょうか?詳細は不明。

勢州録
信長母御大母ト号シ、美濃国藪田小嶋日向守信房女也

管理人の一押し、小嶋女説。

寛政譜他
土田下総守政久女。

江戸時代織田家では、可児の土田氏との見解であったようだ。
しかしながら、お次秀勝と小吉秀勝を混同したり、小姫と佐々加賀室が別人であった事も分からなかったようだから、この系図自体信憑性が低いように感じる。


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