池田六郎

池田六郎

絵本信長記の近江六角氏の援兵、尾張に至る
で、池田庄三郎が派遣され戦い後も、尾張に留まり信長の家臣となった。

信用し難いものとある。
しかしながら、妙心寺盛岳院過去帳の勝三郎の母、つまり信長乳母養徳院の母として
茂岳慶繁大姉 江州池田六郎何某室 逝年不詳十月六日 養徳院殿母公
とあり、池田は元々近江出身であった事を匂わせる記述となっている。

で、この法名何処かで見た事があると思っていたら、信秀の母の戒名に似ている。
含笑院茂嶽涼繁 大永七年六月二十四日
慶と涼が違うだけである。月日は違うが、、、

信秀の母、いぬゐは、織田良頼の女と思われる。この、良頼の父は、良縁は第二次六角攻めに従軍しているようであるが、この辺りに信長母六角氏説の由縁があるのでは無いでしょうか?
いつか話題にもあがって、私も疑問に思っていた、安土城内に六角定頼を祀る江雲寺御殿を造営したのも、自分のルーツは六角氏であったとの認識があったのではと、考えられないでしょうか?
まあ、証拠はないですが。
信長母は続く。
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