京極マリア夫人

京極マリア夫人

主にその位牌と墓とをめぐって 渋谷美枝子著
キリシタン文化研究会 第17年第二・三・四号 S51年6月
京極高吉室の、浅井久政の娘を題材にされた論考。
夫高吉は、長子高次が永禄六年(1563)生まれの時、五十九才。
夫人は十九歳前後と、かなりの開きのある二人であった。
イエズス会日本年報によると
城内に在る最も立派な邸の一つを所有せる人があった。
この人は京極殿と称し 後略
とあり、安土城内に邸を持っていた事が分かる、数少ない人物の一人である。
この論考は、京極マリアの墓が豊岡市三坂にある旧瑞泰寺に見つけられた事を記したもの。
戒名は、養福院殿法山寿慶大禅定尼 元和四年七月一日

この子高次に、お市の女の初が嫁ぐのであるが、これは信長が生前に約定していたとしても、
おかしくないでしょう。
岐阜へ預けていた名門京極氏の嫡男への縁辺、考えていたに違いない。
(浅井三姉妹その1)
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