信長御台所々持古鏡

信長御台所々持古鏡

大河篤姫の懐剣。手鏡と言うオチでした。
そんなので、一回終わらせて良いのでしょうか。
そんな事はさておき、信長の女性陣にも手鏡は残っている。


信長公岐阜入城三百七十年祭
昭和九年に行われた、崇福寺寺宝目録の中に
信長公書状
お鍋の方文
武田信玄書状
定頼消息
信長御台所々持古鏡

とある。
しかし、現在崇福寺の陳列されている鏡には、お鍋の方のものとなっている。
この解釈は難しいですね。
有名なお鍋書状は名前入りなのに、何故鏡は、お鍋所持としなかったのでしょうか。
ちなみに、その物は大河で和宮が使っていた物と同じ様な感じでした。
興味のあるかたは、一度崇福寺さんへお参りください。
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~ Comment ~

崇副寺さんに行った時に見たのですが、鏡の部分がくすんでいてこれでちゃんと見れていたのかな?と心配するほどでした。
当時は鏡の部分がもっと綺麗だったのでしょうか?

おおっと。

雪姫様
手鏡見ていらっしゃいましたか。
確かにくすんでました。
当時はどうだったか、不勉強で分かりませんが、和宮のと同じ、携帯用の鏡っぽく思いました。
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