春日社家日記のなかの織田信長文書

春日社家日記のなかの織田信長文書

大和国宇陀郡の春日社領荘園と北畠氏に関する史料
古文書研究第54号 2001年11月 金子 拓著

大日本史料 第十編編纂に従事される、注目している金子氏の論考。
これも、2000年度の調査のもの。
信長の朱印状は既に奥野氏の信長文書の研究に七二五号文書として収録されているが、年次比定がされていない。
(ちなみに、この文書、あの御方宛信忠書状がある小川文書。
この書状も、何故含まれていたかは不明。)

それを、天正三年のものとして、春日社家日記収載文書を時系列に並べて、紹介されている。
それには、例えば信意(信雄)の家臣として、津田一安と沢井の名があったり、信長の奏者として登場するのは、大津伝十郎。
など、当時の家臣がどの様に関わっていたかが、興味深い。
もともとは、信雄の家臣(沢、秋山、吉野)の押領を停止させるのものであるが、光秀と言い、多い話なんでしょうね。
一連の文書と日記を通して、信長権力と北畠氏の権力構造と瀧川一益との関わり、またこの時期の大和・伊勢をめぐる政治的諸関係の一端を垣間見る事ができる。

冒頭で、この神事日記も断続的な調査しかされていない。
それほど資料が膨大である。まだまだ、信長に関して新資料(ここだけではないが)の発見を期待している。
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