山中鹿介

山中鹿介

渡邊助充覚書 慶長十六(1610) 藤井氏旧蔵文書(島根県立図書館蔵)
古文書聚粋 1999年3月

来月京都寺町の、山中鹿介の墓参の予定なので、この資料をご教示頂いた。
山中鹿介については、ファンが多いようだが、自分は不勉強で、あまりと言うか、よく知らない。
検索すると、あのウィキに、信貴山攻めに従軍と出てくるが、本資料では支城の片岡の城となっている。
本資料は、天正四、五年頃の鹿介の足跡の空白を埋める史料である。
明智光秀に身を寄せ、籾井の城攻めの退却の際、取って返して、分捕り仕って、光秀から褒美をもらったとある。
そして、片岡城攻めで、城介(信忠)が大将として、光秀が先手として従軍した鹿介が一番乗りをして、大将河合将監と組み討ちし、組み合ったまま切り岸へ
落下し、そこで河合を討ち取ったと言う。
片岡城攻めと言えば、信長自筆書状で名高い、長岡与一郎宛て感状の舞台として有名である。
この城も、訪れた事がないので、今年中には、何とか、、
また、鹿介ファンの隠れ史跡となる事間違いない。
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