信長公記を読む

信長公記を読む

堀新編2009年2月
桐野様から頂いた、表題の本。
南心様のブログでもコメントしましたが、思っていた内容と違っていたので、少し違和感を感じた。
信長公記を、事細かに論証されてるものと思っていたが、信長研究の最先端と言ったところでしょうか。
と言って、この本の内容が悪い分けでは無い。

堀新氏は、数々の論文から見る論考は、素晴らしく信長公記とその時代と題した論考は、どちらかと言うと、初心者向けでしょうか。
信長と安土城と題しては、木戸氏ではなく、松下氏が執筆されてる。
松下氏と木戸氏では、意見が違うんだなあと、率直に思った。
同じ職場でも、さもありなんと。

信長と合戦と題された桐野さんの論考は、歴読の連載と被る内容なので、原稿執筆の時期など考えると、苦労されただろうなと、要らぬ心配を致します(笑
歴読の連載では、まだその時期まで行ってませんが、小谷城攻めの際に虎御前山と宮部の間に連絡道を築きます。
信長公記だけ読んで、この記事を書くと少し思い違いをします。まず、八相山と宮部に砦を築くとありますが、八相山は虎御前山と峰続きになっているので、実際は、八相山から宮部までが正しい。
そして、この連絡道と思われる名残りが残っている。田んぼの条里制を無視した、斜めの道が有り、小さな石碑も建っている。スゴイと思ったのは、大河信長でこれを丹羽長秀の進言ではあるが、取り上げている事である。当時評判が悪かったが、この様なマニアック向けな内容を入れた田向氏に拍手。

先日記事にしました、信長の棺では松本幸四郎演じる、太田牛一は題を「信長公記」と公を入れてました。秀吉は「しんちょうこうき」と読みまで現代と同じ読みでした。

この公を入れる認識は、石田氏の論考に詳しい。が、最前線の専門家の意見は違うんでしょうか?
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~ Comment ~

八相山と宮部

管理人さん、こんばんは。

拙稿で八相山と宮部、間違えていましたかね?
ご教示有難うございます。

それにしても、秀吉が作らせた連絡道が残っているとは驚きです。
そのうち教えて下さいませ。

No title

桐野様
桐野様の論考は、オッケーだと思います。
どなたか忘れましたが、虎御前山と八相山の間も、軍道を築いたと、解釈される、書き方をされた方が、いらっしゃったので、現地に行ってないから、勘違いされたんだなあと、思った事があったので。

No title

 ご無沙汰しています。そもそもこの書は「歴史と古典」シリーズではなく、別な書名で出した方がもっと映えていたと思います。
 今後、この方面の研究が進んでいくことと思われます。やはり『信長公記』の入門書は必要でしょう。
 こういう面で言えば『吾妻鑑』は豊富な文献や入門があっていいですね。

No title

南心様
こんばんは。
タイトルが命って、昔言われた経験があります。

素人が、タイトルを云々言うのも、おこがましいですが、合わなかった様な気がします。
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