泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
法華寺
岐阜市矢島町
信長の時代の住持日陽上人は信長の帰依厚く小牧から岐阜へ居城を移した際、城内に八棟作りの祈願所を建ててもらったという。
安土へ移った際は安土へ行かなかったようである。
天正七年安土宗論の際これを聞き、馳せて諫言す。

信長鷹狩りに出掛けているところ、日陽進み出て誠を渇し、理を儘して、泣いて之を争う。信長はこれを見て大いに喜び、手ずから朱柄の傘を与え多日の鬱憤散然として除き、その謀ごとも止むといふ。

寺内には信長手植えと称する大松及び梅の老い木あり。
愛知県史社寺編に日陽が傘を持った像のイラスト有、愛知法華寺に銅像があったか?

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