泰巖宗安記
信長ファンの独り言。
シントウ様
光山秀運居士
施主御シントウ様立之美濃国岐阜中納言様之御祖母様也
慶長四年十一月十六日

高野山悉地院過去帳によれば、秀信の祖母の供養をした人物をシントウ様としている。父方の祖母は生駒か織田であろうから母方と類推できるが、秀信の母は、出自不明とされている。
陰徳太平記や荒木略記に信忠の御内縁に塩川氏という記述があるが、秀信の母は、シントウ氏ではあるまいか。
このシントウ氏を漢字に当てはめると進藤であろうか。それほど名のあるものの娘ではなかったのではなかろうか。それとも秀信没落後履歴等消えてしまったのであろうか。

このシントウ氏もしかするとサイトウの写し間違いであれば濃姫ということになり(秀信の義理の祖母、養祖母という表現が正しいか)
慶長四年(1599)没という事になるがいかに?????
コメント
この記事へのコメント
秀信母に新たな説誕生??
いつもコメント有難うございます!
今回の記事、非常に興味深く読ませていただきました。
秀信は信長の嫡孫でありながら、母親も誕生日も不明。謎が多いですよね。

“シントウ”ですがもしky2さんがおっしゃるように進藤だとすると、信長公記巻14に出てくる近江の進藤賢盛や駿河の進藤与兵衛がいますよね。

特に賢盛は六角氏の重臣クラスで信長の上洛に際し織田家に寝返り以後信長に従っていますからね。
その娘や一族が信忠の側室になってもおかしくはない家柄の気はしますね。

秀信の母はもしや!?
2007/07/20(金) 23:24:25 | URL | 織田 創 #RoHUgdWQ[ 編集]
創殿
いつもコメントありがとうございます。
創殿に負けずに記事頑張りますね。

シントウですが、謎ですね。よく分かりません。
信忠の室についてはまた記事にしてみたいと思っております。
2007/07/23(月) 22:05:11 | URL | k2 #-[ 編集]
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