岡崎殿 徳川信康室織田氏

岡崎殿 徳川信康室織田氏

古文書研究 第13号 1979年6月 奥野高広著

この論考、取り上げるのは二度目。
今回は、安土城考古博物館で、長命寺文書展で、奇妙こと、信忠の書状案が展示されてる。
HPからも見る事ができたが。
内容は、元亀元年六月岡崎から浜松へ移った家康の後を受けて岡崎城を守る、信康室のお五徳が、化粧料田をこの長命寺領のうちに設定されたものであろうと論考されてる。
検地の代わりに差出を提出させるが、その十分の一を差出銭と称し徴収している
誠に巧妙な政策だと評価すべきであると結んでいらっしゃるが、この10パーを五徳がもらったと言う事か?年代は、永禄十一年十一月に近江中に差出を呈出させていて、また別文書で元亀元年十一月に討ち死にする、坂井政尚が出てくるので、おおよそ類推する事ができる。

見にいければ、拝見してみたいものです。
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