金ヶ崎退き口

金ヶ崎退き口

永禄から元亀へと年号が変わり、その後数年に渡った信長包囲網。
その発端となった、金ヶ崎。


二十年振りに金ヶ崎宮へ
その先に金ヶ崎城跡、手筒山城跡があるんですが、、、登らず。
麓から、金ヶ崎退き口の幟がずらっと建っていて、観光名所になっているようですね。
神社の中は、数年前の大河功名ヶ辻の名残が、ちらほら。
そういえば、一豊の顔に矢が刺さる前半の名シーンにもなってましたね。
城のジオラマがほこりだらけとか、看板など。
あと、ここでもお市の小豆が、御守りなどになっています。

妙顕寺
信長が本陣を敷いたお寺。
信長写真集には、古写真が掲載されているが、現在は新しい山門で雰囲気がよくないが、そこから東へ視線をやると、手筒山城跡が見える。
雰囲気的には岐阜に似ている様な気がする。金華山を少し小さくした感じでしょうか。

八幡神社
大河ドラマで最後に何々紀行と言うのが、毎回有り、時には、物珍しい物が出てくる。
功名ヶ辻の時、この神社に信長が奉納した刀というのが出てきて驚いた。
行ってみると、見れないのは分かっているが、誰もいない(笑
一応伝織田信長の奉納になっていて、揚羽蝶模様が入っている。
で、年代は金ヶ崎退き口ではなく、1573年朝倉攻めの際の寄進と伝へられている。
大谷吉継が奉納した灯篭があったが、、、


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