金ヶ崎退き口 2

金ヶ崎退き口 2

金ヶ崎の続編
信長がたどった道は、どちらかと言うと、鯖街道のほうが名が通ってる。
関西ローカルテレビでは、売れない芸人が、鯖を背負って、京都まで歩かされてる企画も目立つ。

熊川
熊川宿として、観光地として有名。
京から出た信長は、和邇、田中と経て四月二十日ここ松宮玄蕃の居城熊川城へ着陣します。
あまり、城跡は観光地として認知されてない印象でした。
その入り口の横に、家康が宿所とした伝承が残る得法寺へ。
ここには、境内に家康腰掛け松が残る(何代目でしょうが)
家康との関係が、ここにも表れているようで、興味深い。
細川忠興の母は、ここ熊川出身らしい。

倉見峠
熊川を出た信長は、国吉城へ向かうべく倉見峠を越えることになる。
落馬伝承が残る事は、前に書いた。
ここで、国吉城主粟屋勝久が出迎えると言う。

国吉城
二十三日佐柿の国吉城へ着陣。翌日も逗留。
国吉城は、山上に篭城する為の郭と、麓に日常の住居としての郭に分かれる典型的なこの時代の城と言える。麓では、発掘調査が行われていた。元気のいい、おばちゃんが新しく資料館が出来たから行って見て下さいと薦められたので、すぐそこに見える若狭国吉城歴史資料館へ。
今年四月二十七日に開館したばかりの、新しいハコモノ。
入場料は、大人百円のリーズナブルなもの。
入ってすぐ横のチラシ類は、ここには関係ない天地人一色(笑
佐柿国吉城今昔物語の図録購入。
若州三方郡国吉篭城記の現代語試訳があり、信長を倉見峠に迎えたとか、妙顕寺に本陣を構えたとかは、この軍記が出典のようですね。

徳覚寺
その裏に伝粟屋勝久墓があると言う事で、裏山へ墓参。
刻印は、読めなかった。

おまけ
常高寺
小浜市にある浅井三姉妹の次女お初の菩提寺。
拝観料四百円。狩野派の襖絵が残るものの、最近復興されたので、モダンなお寺。
小さい展示室もあるが、少しもの足りなかった。
国道を挟んで、裏山に立派なお初の宝筐印塔があります。勝組は違うなあと、誰かさんなら言いそうなもの。
小浜は、ちりとてちんの舞台として観光化しているようですが、オバマ大統領にあやかった人形が図書館前にあって笑えた。
スポンサーサイト
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
         
火天の城 他  ←火天の城 他 【2009年08月】の更新記事一覧 →素麺  素麺
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索