最近読んでるもの

最近読んでるもの

新 三重の城(三)
織田一族の人びと 藤林明芳著 日本古城友の会 H21年6月

友人から表題のものを受領した。三重県の織田関係のを中心にまとめられたもの。
織田掃部助の菩提寺があるんですね。
三重県玉城町広泰寺に墓があるようです。
戒名は広鑑院殿利忠宗剣居士

長篠の合戦 虚像と事像のドキュメント 太向義明著 1996年8月
途中まで読みました。去年、安土で信長文書を読むで、徳川三河守宛て文書に出てくる、小栗大六。
それについて、知識はなかったので、この様な役目の人物かと認識できた。徳川の家臣まで把握するのは難しいですね。

朝倉氏と近隣大名の関係について 美濃尾張若狭を中心として 佐藤圭著
福井県史研究 第14号 H8年3月
どうしても、信長、織田家中心で読みがちになってしまいますが、越前視点で書かれてる。
ここでは、美濃斉藤道三について、一応濃姫が生まれた年は、天文五年(1535)とされてます。
この年、道三は越前、近江を巻き込んで三度合戦に及んでます。
瑞龍寺、崇福寺など戦火にかかった事が資料などから類推でき、美濃国が混乱状態であった年に生まれたことになる。
父道三は、娘の誕生を祝うどころではなかったかもしれませんね。

信長期の金銀使用について 高木久史著
福井県文書館研究紀要 第2号 H17年3月 福井県文書館

疋田定広院の宝篋印塔 水野和雄著 気比史学
過去帳には「寶山宗順大居士」二段目に永禄十年八月十四日没
そして三段目朱書きで「美濃守首は信長もち帰り、体は定広院へ納む」
三段目は、後書きされたもので、同法名は、「疋田久保」の項、疋壇系図によると疋壇左衛門佐。
と言う論考。現在行方不明との事。

スポンサーサイト
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索