「信長記」研究は終わらない

「信長記」研究は終わらない

勉誠通信 第13号
織田信長という歴史を刊行されました金子氏のメルマガ。
原稿を書きあげて、刊行されるまでにもちろん時間が開くわけですが、刊行されてからも新たな発見があいついだという。これはよくある事ですね(笑
これからも期待しています。

織田信長という歴史 「信長記」の彼方へを半分くらい読みました。少し漏れ聞いていた事など、反映されています。自分の問題意識と被る、柴田勝家の清洲城攻めの足軽衆の交名。
この中に「太田又助」の名がみれます。これを、柴田方とみるのか、清洲方とみるのか。
これだけでも、信長記の諸本によって微妙にニュアンスが違います。その辺りの論考も分かりやすくされています。去年これが話題に上がった時は、もう少し広がりがあったが、その辺りは述べていらっしゃらなかったけど、某氏と某氏の討論は面白かったが、、、
次回へと続く

桐野様のブログでよく取り上げてますが、甫庵のと区別する為に太田牛一の信長記を「信長公記」と「公」を入れてましたが、これからは「信長記」と読むようにしようかと思います。

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