戦国大名の婚姻戦略

戦国大名の婚姻戦略

渡辺大門著 角川SSコミュニケーション 2009年1月
先にコメント頂きました渡辺氏の新著。研究者の方からコメント頂いて恐縮したのですが。
七章からなるのですが、予告では第一章の「江」に興味を抱いていた。
どう、論考されてるのか楽しみにしていたのですが。
江は、言わずと知れた、浅井長政と織田信長の妹お市の方との間に生まれた、三姉妹の末っ子。
これも有名ですが、三度結婚している。一度は佐治一成。二度目は羽柴秀勝。最後が徳川秀忠。
一度目の佐治に関しては、残された史料が少ない事と、残された史料の信憑性と解釈にもよるが、、、
佐治一成は、振姫と婚姻していますがそれは、かなり時代が経てからであり、振姫との間に子は出来たのでしょうか?また信包の家臣渡辺小大膳の娘と再婚してます。その間には子はできてます。

二回目の婚姻秀勝の婚姻時期を、文禄元年頃と指摘されてると論考されてますが、何を出典述べられているか分かりませんが、秀勝との婚姻史料は存在する。山城淀城にて祝言を挙げた事が分かる史料がある。これは活字化されてないので知られていないが、女性史の師匠から教えて頂いた。岡田正人氏も歴読の増刊で述べられていた事があります。史料名はて伏せさせて頂きます。

三回目の婚姻の前に秀忠には、織田信雄の娘で秀吉の養女となっていた、小姫なる婚約者がいた事は、当ブログで何回も取り上げた。これも、婚姻戦略と題するなら触れて欲しかったです。

第二章からは、よく知らないのでこれから読み進めます。

追加
幕府称胤伝 二
岡崎殿 徳子 永禄二年 三月二日 尾州清洲城にて誕生。
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No title

当たりです。

.お礼

 渡邊です。いろいろとご教示いただき、誠にありがとうございました。女系は重要だと認識しているのですが、なかなか史料が少なくて・・・。能力不足を史料のせいにしてはいけませんね。今後ともご指導のほどお願いします。

.

渡辺様
専門家の方に、2回もコメント頂き恐縮です。
 渡辺様のブログの記事、いつも楽しみにしています。
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