筒眼

筒眼

信長 狂乱と冷徹の軍事カリスマ 第26回 三方ヶ原合戦
武田信玄と足利義昭との動向を、最新情報を取り入れて論考されてます。
武田氏研究は、未読ですが信玄死後の代筆説もあるようです。
映画影武者を、思い出させてくれます。義昭と信長がどの様に対立していったかについて、前から非常に丁寧に説明されてましたが、今回で一応てぎれとなってしまいました。
上杉謙信の奏者である河田長親に対して、書状を送り、三若衆の為に南蛮笠と筒眼を送った事を、特筆されてます。
去年、阿弥陀寺の加藤廣氏の講演で、その望遠鏡の事を触れられていた。
結構、間違いが多かった講演だったが、筒眼が望遠鏡の事なら国内最古のもとなるでしょう。

映画「反逆児」の冒頭、信康の鉄砲三段打ちを、望遠鏡で戦局を見る信長というのがあったが、その監督さんは、先見の名があった事になる。

信長、信玄の「無道」に激怒
信玄の朝倉、本願寺の要請に応え、挙兵した事を信長視線で述べられています。
ありがちですが、信玄が挙兵し、その後謙信とも対立し、光秀謀反と結果論で語られがちですが、本論考はそうではありません。分かり易く書かれていますが、信玄よりの方から読めば、言い分はあるでしょうが。
武田よりであろう、山梨県史の武田家滅亡の項でも、この信玄のてぎれが、武田家滅亡を招いた一因と述べられてます。

次号は貧乏公方でしょうか、要注目ですね。
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