霊光院

霊光院

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母お犬の方の菩提寺に葬られた与九郎。
佐治一成と、後妻で信長とお鍋の娘振姫の墓塔である。その左が中川秀休。
娘婿で夫妻並んで建つのは、珍しいといえようか。
振姫は大徳寺総見院に母や兄と並んで建っているが、私が指摘しましたが、水戸家津田氏が建立した供養塔のようです。こちらが、本墓のようです。それと、こちらは織田家雑録や、芝村藩主織田家記録適要の記載通り「康正院~」となっていて、総見院の「江声院」とは読みはあっているが、字が違ってます。
渡辺大門氏が為成を、振姫の子と書かれていたが、渡辺小大膳の娘との間に出来た長男が正しい。
ウィキにも、そう書かれているが、ここでも渡辺氏は省略されている。

佐治の書かれてる本に、よく引用されるのは前の妻が将軍御台として、華やかな舞台に立つのと較べてとは、この墓地はいかにも、寂しい場所にある。来年の大河に期待している 合掌。
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~ Comment ~

No title

R寺が霊光院 の菩提寺ですか。勉強になりました。
この墓は、常滑市西用寺の堀田住職が長年の執念が実って近年見つけたと聞いています。

ところで、霊光院 の母は誰なんでしょうね。
以前、お調べになってる人がこちらにたずねてこられました。

「為成は振姫の子」は考えられません。まちがい!おっしゃる通りですね。
また、渡辺小大膳とは何者なのでしょうか。
この者の最初の文献の出所はどこから?ご存知でしょうか。
しかし「小大膳」とは珍しい名前ですね。
渡辺大膳なら・・・

No title

ヨクロー様
そうですか、常滑の方が見つけられたのですか。お犬の墓が見あたらないのが気になりました。
 霊光院(お犬)は生年も不詳ですし、生母も分かってません。信長の側室ですら、不明な事が多く、信秀となるともっと難しくなりますね。

渡辺小大膳は信包の家臣です。出典はもう少し時間を下さい(笑)
安濃津城主信包のもとで、与九郎はその家臣の娘を娶ります。面白いのは、その隣神戸城主水野忠重の子忠胤のもとに、後の嫁である振姫が嫁ぎます。兄の勝成が浪人している頃なので、摘男つまり跡取りに嫁いだ事になります。この辺りは、誰も知らないのか、話題にも上がりません。

こちらこそ、色々教えてください。

No title

ご無沙汰しております。
お犬の方の墓、確認とれました。
この写真の右端の墓がそうだそうです。
戒名と墓石に書かれた読み辛い文字を断片的に比較して、彼女以下これらの墓をほぼ断定したそうです。
また、別の場所に彼女のお堂もあるそうです。
他に織田某の墓も沢山あるそうです。
場所はお寺の方に確認してください。

ちなみに、ここの寺は、細川家の菩提寺とのことです。

No title

ヨクロー様
情報ありがとうございます。
その墓石確認しましたが、時代が下がってるように思ってメモしてませんでした。
お堂の情報もありがとうございます。織田某の墓は知ってました。姫路殿の墓を見つけた時の感動は、忘れられない思い出です。
ところで、そちらの地元の本で与九郎との間に出来た子の話を、昔コピーを取ったのですが、見つかりません(笑)
 また、そちらのブログで記事にして頂けると勉強になりますので、期待してます。
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