江は岐阜生まれ 2

江は岐阜生まれ 2

尾濃葉栗見聞集 岐阜志略 昭和9年7月

因幡宮社家傳の項に
大御台様 御父浅井備前守御母信長公妹 備前守滅亡の時内室懐胎にて岐阜へ逃れ、岐阜にて女子出産。
此の女子後に台徳院様へ宮仕えへ給ひ、後大御台様と申す由。岐阜御産所ゆえ因幡宮御信仰ありし 也。

また、江戸へお祓いなどを毎度届けていたとの記述あり。
今日、信長学のついでにお参りにいってみたが、江のことはないですね。
しかしながら、現伊奈波神社のパンフの御祈祷の一番上は、安産祈願(笑)
今日 はお宮参りに賑わっていました。
数年前の功名が辻の時は、千代の出身地が話題になったのに、今回はスルーでしょうか。
岐阜市も頑張ってほしいものです。
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~ Comment ~

はじめまして

k2さん、はじめまして。紀伊と申します。
とある方にこちらのブログを紹介されて伺いました。
まだ一部しか拝見させていただいていませんが、とても素敵なブログですね。特に、さまざまな情報を冷静に分析なさっている確かな知識と冷静な判断力は、我ながらまったく持ち合わせていないものなので、尊敬いたします。

私も福田先生の講演会にこっそり参加していたのですが、k2さんもいらしたんですね!
茶々姫の婚礼に関する書状に関しては、11月出版の本はお江の生涯がテーマなので、そちらで言及されているのでしょうか。気になりますね。

あと、お江の出生地に関する記事をとても興味深く拝読しました。
歴史を学ぼうとしているのにあるまじきことですが、私も小谷城生まれの定説を恥ずかしながら鵜呑みにしていました。
しかし確かに『当代記』だったかに小谷城の麓にある小谷寺が窮していた際、教えられるまでお江は自分ゆかりのお寺であることを知らなかった…というような記事があったように思います。
お江自身が岐阜生まれであり、湖北に立ち寄ったことがなかったとしたらなるほど説得力のある逸話ですね。

またゆっくり腰を据えて拝読させていただきます。
いろいろと勉強させてくださいませ。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

茶々

紀伊様
はじめまして、ようこそ。
貴ブログ拝見いたしました。御茶様に対する「愛」が溢れてますね。
さぞ、知ってるつもりの淀殿の回は、怒りメールが飛んだことでしょうか?(笑)
よろしければ、リンクしていただけたら、うれしいです。

 江の岐阜生まれですが、高名な先生方が何の疑いもなしに、小谷生まれを主張されてますね。何の資料もないのに・・・
 その後、もう少し資料見つけたいと思いながら、だらだらと時が過ぎてます(笑)
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