狂乱と冷徹の軍事カリスマ

狂乱と冷徹の軍事カリスマ

連載第29回 「軍事革命」としての長篠合戦
藤本正行氏の新刊と読み比べると面白いかも知れません。

ここでは、長岡藤考宛てに合戦の前日に黒印状を送っている。
その中で、「鉄砲放」の解釈について、桐野様は鉄砲を放ちと解釈されているが、藤本氏はこれを、鉄砲放つまり、藤考から借りている銃兵と訳されてる。また、これも知らなかったが、河合秀郎氏が「真相 長篠合戦の戦略」歴史群像でも桐野様と同じ解釈で論考されているようで、緒戦での勝ちに気を良くした勝頼が、決戦に出てきたとの論考は、筋は通っていて、なるほどと思うがどうでしょうか。

藤本氏は桐野様論考の「信長記の大研究」に触れ、甫庵説を否定するのに躍起になるあまり、鉄砲の果たした役割まで過小評価する傾向があるように思えてならない。の問いに火がついたのか、桐野様の論考に対する批判(反論?)を展開されてます。そこで、軍事カリスマを見てみると、桐野様がまた、火に油を注ぐように、三千挺の三段撃ちを否定すのに躍起になるあまり、鉄砲戦術の意義さえ低く見る傾向がある。これは妥当な見方とはいえない。
と論考されてます。藤本氏の再反論がみものです。
 五人の鉄砲奉行(佐々、前田など)が特筆された理由を、桐野様は、旗本鉄砲の働きが特筆すべきものだったことを示していよう。と述べられているのは、藤本氏と少しニュアンスが違いますかね。
 鉄砲の数の項でお二方の論考を読み込んで行くと、信長の旗本鉄砲数五百という、鳶ヶ巣山別動隊は何故金森長近だったんでしょうかね?その答えが見いだせません。もっとも、合戦論考に疎い私がいうのもなんですが。

次回以降、軍事カリスマから遠ざかって行く信長をどう論考されていくか、楽しみです。




 
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