あにむにの香り

あにむにの香り

縮小IMG_3824

来月号の歴読で金子拓氏が蘭奢待について論考されるようです。



豊臣政権と首都 横田冬彦著 
豊臣秀吉と京都 聚楽第・御土居と伏見城所収 日本史研究会 2001年12月10日
ここでは、秀吉による惣無事令と諸大名在京令から
天正十七年九月すべての大名に国制として制度化されるなか、大納言殿女中衆、つまり秀長正妻の上洛させていることから、丹波中納言の妻であるお江は、丹波亀山や、岐阜に下向することなく、聚楽第の屋敷にいたことになるでしょう。秀勝の妻であった時代を知る資料は・・・
 誓願寺奉加帳にみられる
岐阜中納言御廉中のみでしょうか。

織田一族における家中秩序 山崎布美著
日本歴史 2010年6月号
津田姓と織田姓の使い分けは非常にむずかしい。
年代で確認できる場合もあるようですが。
個人的には、慈徳院の墓所である、妙心寺長興院が菩提寺である津田小平次秀政に注目していた。
斉藤道三の書状で有名な(三郎殿様)織田玄蕃秀敏が祖父である津田秀政。
稲葉地城との関係はでてきませんでした。傍系すぎるからでしょうか。
他には本能寺の変で討ち死にした、津田小藤次との関連は傍系すぎてありませんでした。
資料のよいものを中心に選ばれたからでしょうか。

唐人一官と鯱瓦 谷口榮著
考古学ジャーナル 2009年5月号 585号
近年における唐様の瓦についての論考をまとめられてます。
なかでも、木戸説を中心に述べられてます。一官が焼いたのは、鯱瓦であろうとの見解。
青色の燻瓦を、一官が焼いたと認識していたので、これはどうでしょうか。
青瓦の光沢は、土の違いだけなんでしょうか。

私信
写真は京田辺市一休寺にある、六角承禎の墓。
案内版では、宇治田原で没した。ようです。秀頼に弓を教えたのは、義弼みたいですね。
スポンサーサイト
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
         
釜が谷  ←釜が谷 【2010年06月】の更新記事一覧 →意味不明  意味不明
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索