茶々と秀吉の祝言?

茶々と秀吉の祝言?

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北近江歴史大学 第3回 
淀(浅井茶々)の生涯と豊臣家 大坂に散った強烈な個性 2010年10月3日(日)13時30分~
講師は、ミネルバ書房から淀殿を出された福田千鶴さん。

内容は、その著作を、概ね紹介されるだけと思ってましたが、違いました。
レジメでいう、6 茶々と秀吉の祝言と題して天正14年(推定)宛所は、安威五左衛門尉宛て、堀秀政書状
を紹介されました。リスボン図書館所蔵だそうで、ポルトガルまで見にいかれたそうです。

ここでいう「今度御祝言の儀について、参上いたし侯、昨日(けつじ)御前へまかり出で (後略)
この御祝言を、秀吉と茶々との祝言を挙げたとする、新説を展開されました。 
御祝言に関して、結婚だけではなく、関白就任に対するお祝いではないかという見解もある、とアドバイスされた方もいらっしゃったようですが・・・どうでしょう。
 推定天正14年は、堀の侍従任官時期から合っていると思いますが、この御祝言は天正13年10月に挙行された、来年の大河の主人公である、江と秀吉の甥小吉との祝言のことでしょう。
 淀殿、読み直しましたが、福田さんも婚姻時期知らないようですね。
 

 来月福田さんは、中公新書で「江」を発表されるようで、このことを触れられると思います。
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~ Comment ~

改めて拝読させていただいております。

こんにちは。先日は貴重な史料をありがとうございました。

今改めてこちらのブログを拝読させていただいています。
前回、お江の婚礼についてスルーしてしまったのですが、世の中ではお江の結婚も天正二十年とされているところが多いんですね。私も勝手にそのように思っていたようです。
そもそも天正二十年説もどこから出てきたやら…茶々姫と同様、完子の生まれた時期に拠っているのでしょうか。
k2さんはなかなか見ることのできない貴重な史料をいろいろ御存じでいらっしゃるので、とても勉強させていただいています。
誓願寺の奉加帳も見たい~!と思い、いろいろ調べましたが、そう簡単にはないものですね…。やはりお寺で直接お伺いするのが一番なのでしょうか。
折角所縁の地を訪問しても、いつもなにも聞けずすごすごと帰ってしまうので…
もし御迷惑でなければ、いろいろご教授ください。とはいっても、かつて若気の至りでとある方に質問しすぎ、鬱陶しがられて縁を切られた経験がありますので(…)、もし御迷惑でしたら、スルーしていただいて一向に構いません。

No title

紀伊様
天正20年説。NHKの公式ホームページもそうですから、小和田先生の見解でしょうか?
 天正17年というのも、見られるますが出典がないですよね?天正13年は、祝言だけの婚約式で嫁いだのが20年では、間が空きすぎのような気がします。
 何にしろ、新刊出されるようですのでチェックしたいと思います。

所縁の地~
その経験私もあります。ただ、京都という土地柄何度でも行ける所が多いのは、遠方に住んでいる方にはない利点です。
 
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