信長の秘密

信長の秘密

第3回今回も天正七年。舞台はまた伊勢上野に戻ってました。
前も書きましたが、これは小和田説の踏襲。
総見記の記述では、「暫時」とある。総見記の記述が、どこまで信のおけるものなのかという根本的な問題も含んでいる。その後清洲の城へ遣わされとある。
 天正元年以降清洲城を預かっていたのは、埴原加賀守である。(遊行三十一祖京畿御修行記)
その室は、信長の子を身ごもったと言われる中将である。清洲城に三姉妹がいたのであれば、その辺りも埴原家に残っていてもおかしくないと思うのだが、それもない所を見ると、総見記の記述を鵜呑みにするには、躊躇する。
総見記の記述を、そのまま受け取ると本当は埴原加賀守が三姉妹を養育したことになる。

 口伝であるが、お市の伝承が愛知県甚目寺地方に残っているそうで、輿入れ前とは思えず、そうなれば清洲時代があった可能性も否定できない。あくまで伝承ですが・・・

今回は信康事件に、江が出しゃばっていく回でした。
お市が高柳説を話してました(笑)
田淵さんは、現代的感覚で書いていらっしゃるようです。新しいですね。
あと信長が手をあげてますが、今までは「足蹴」が多かったように感じますが、これも新しいですね。

今回特筆すべきは、江が信長宛てに手紙を書き、その返事が届きます(創作ですが)
その書状の差し出し人が「のぶ」でしたよ「のぶ」(爆
小道具の方、ありがとうございました。遊び心あるかたみたいですね。

つづく
 
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~ Comment ~

大河

忙しくて、未だ大河みていません(汗)
もともとあまりテレビみない子ですが、年末に買った地デジテレビが偶然ビデオつきで録画してるので、いつか見ようと思っています。
k2さんの解説を読んでからみるので、わかりやすいと思います。
 
話はかわりますが、尾張大野歴史資料館なんとか開館しました。
思いのほか盛況で嬉しい限りですが、トラブルもちらほら。
今度お越しの際はぜひお寄りください。

ヨクロー様
こんばんは。
テレビ見ないのですか。私と逆ですね(笑)

資料館開館おめでとうございます。
佐治与九郎が登場する頃には、大盛況の予感ですね。

勉強になります

伊勢説への疑いもさることながら、「当時清州城は信包が管轄していた」ということも根拠のないこととは今日まで知りませんでした。

全ての史料が信頼に足るわけでもなく、さりとてただ無視するのは頂けない。
とはいっても都合のよい情報だけ採用するわけにもいかず…むずかしくて頭を抱えます。

甚目寺地方のお市の口伝、初耳です。そちらも気になりますね。

紀伊様
そうですか、清洲城って美濃平定後は表舞台に出てきませんからね。

都合のよい、情報だけ採用はそうですね。その辺りが難しいですよね。
後から、指摘されたら恥ずかしいですよね。

甚目寺地方の口伝は、以前書いたと思いますが、著者の方が内容を書いていらっしゃらないので、判然としないのですが。
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