本能寺へ

本能寺へ

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江 第4回
今回は、馬揃えをどのような過程で挙行したのか、中国攻めへの援軍要請も、総見寺の件もダメダメのグタグタでした。
その中で、馬揃えでの信長の衣装。
ほうこうは、あれでよかったのでしょうか。龍華さんの疑問もあれで氷解したのでしょうか。
あと、馬揃えはあんなに静かな行進ではないと思いますが。
 お市と三姉妹が京へ招待されます。果たしてお市は京都へ来たことがあるかどうかという問題があります。
お市は、信長の百箇日法要を妙心寺で挙行します。天正10年9月に、上洛したとは思えず、それまでに、その挙行した僧に帰依したと思うのですが、それまでに上洛して何らかの接触があったかもしれません。
 細川たまが初登場しました。これは、明智たまが正しいことは、和田氏の論考に詳しい。
詳しくは、リンク先信長学のエッセイをどうぞ。

清洲城が登場しました。大河で地元が写るのかどうかで、清須市もやきもきしたらしいですが、少し違った感じでした。武田攻めの後、清洲城へ立ち寄るのは信長記にもあります。
 当時、お市と三姉妹が清洲城へ居たという記録もあります(総見記、雑話犬山旧事記)
大河お決まりのお市と信長のお別れ会シーンでした。
そこで、三姉妹の進路を信長が(田淵さんの想い)述べられてます。
茶々は親王の妃へ
初は大名へ
江は手元へ
というものでした。
親王はもう何人も子がいるのですが・・
それなら、信長の猶子といわれる五宮を江にというほうが、面白かったように思います。
しかし第二回で、もう家康の子に嫁ぐような匂いを伺わせてますから、余計なことかもしれません(笑)

来週は本能寺の変ですね


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~ Comment ~

重要文化財「紙本著色織田信長像」公開

K2 様

こんばんわ。

ご存知と思いましたが、

豊田市郷土資料館にて、
市制60周年特別展『祝い-宴・贈り物・芸能』
平成23年1月29日(土)~3月13日(日)
で重要文化財「紙本著色織田信長像」公開です。

豊田市郷土資料館
住所:豊田市陣中町1-21
TEL:0565-32-6561
開館時間:9:00~17:00
休館日:毎週月曜日・年末年始(12/28~1/4)

市野澤様
情報ありがとうございます。
まだ実物は見たことがありませんが、それにしても公開しすぎの様な気がします。あの肩衣の色が褪せないことを祈ります。

ようやく拝見しました。

市が信長の百箇日法要を妙心寺で行ったとのこと、初めて知りました。
やはり市は信長の死後織田家の一員として立場が重くなっていたのですね。

小谷落城後、清州にいたとの説『総見記』確認しました。『雑話犬山旧事記』は拝見したことがありません。
実際、清州や京にいたことがあるのか、とても気になりますが、はっきりしないのがもどかしいです…

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紀伊様
お市の百ヶ日法要は、大徳寺の法要の対比で描かれることが、ドラマでも無くなりましたね、確かに。
 月航っていうのですが、養徳院が施主で法要を営んでます。
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