大坂落城を見た釣り鐘

大坂落城を見た釣り鐘

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(いまひとつの豊臣秀頼の鐘)
1991年3月発行 高島 伸著

京都本禅寺に残る鐘。これは慶長11年(1606)豊臣秀頼が荒廃していた「法案寺」を現在の大阪市天王寺区生玉町に再建した時鋳造したのが、この鐘。
 この梵鐘には秀頼公の徳を称え、豊臣氏の末永き繁栄を祈念したした銘文を刻み奉納したもの。
しかし落城のおり、経緯は不明ながら大久保彦左衛門の手によって当寺に奉納したようである。
 
著者によって、銘文を紹介されているのは労作といえる。これは自主出版で、京都府立資料館で見つけた物。
実は、昔開架資料だった時、読んだのを最近読み返そうと思ったら、見つけられず。(本禅寺でヒットしなかったので)見つけられてよかった。早速帰り見にいった。駐車場の中に有りました。説明版もなしです、勿体ない。
 
この秀頼の銘文の後に、本禅寺所有に期した経緯が刻まれている。
それには、略奪されたこの鐘を、次期貫首塔頭勧持院の住持日求が、購入資金を勧進した功労が刻まれている。
大久保が拝領した件は、この寺が大久保家の菩提寺からきたものなのか、鐘楼を再建したところからきたものなのか判然としない。

京都には、こうした隠れたものがまだまだあるものですね・・

〆は筆者のむすびで
この鐘を大晦日の夜にわざわざ詣でる人も多いという。
 ただ願わくばこの人達の中に、秀頼と彼に殉じた人々の冥福を祈念する人の一人でも多からんことを。
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