茶々の反乱

茶々の反乱

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第11回
天正11年現在、茶々は15歳でしょうか。江はまだ10歳。
子どもがやってると思えば・・・
 先週もですが、三姉妹の居所が広すぎるように感じます。
一人、一部屋貰えるほど優遇されていたのですかね。
後年、秀吉が茶々のことを、こまごまと?よく仕えてくれるという手紙が残ってるところからも、あまりお嬢様待遇で育っていたとは、思っていません(私見ですが)乳母に、何でもさせていればそんなことは、できないでしょうし。

・安土城は、翌年(1584)廃城になった際秀次が築いた八幡城へ、廃材を使ったとされます。
その御殿を、秀次の母瑞龍院が本國寺に寄進したことが知られてます。(現存しませんが)

・家康の動きの際、地図が映りました。犬山が大山になってたのと、安濃津が「津」になってましたね。
細かいですが。

・竹千代が登場しました。本当は長丸ですが。原作にそうあって、心配してましたが、そのままでしたね。
福田千鶴氏が日本歴史及び、新著で明確に否定されています。
跡取りの名であるところで、竹千代を名乗らせるのなら、お義伊とのやりとりは不要ではありませんか?


写真は京都某所です。
これを見ると、寂光院と似たものが残っていて、驚きでした。
やはり、秀頼ではなく、茶々による再建ととったほうがいいと思いました。
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~ Comment ~

なんというか、こちらの扁額のほうが寂光院さんより年期入ってる!って感じですね。
寂光院さんのは新しいので当然か…
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