おなごは口数の多いものです

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大河感想 人質長丸

来週利休切腹ですか、いつ小吉と結婚させるつもりでしょうか。
もう、完子を身ごもっていても不思議ではないところまできましたのに。

長丸のキャラはドラマでは珍しいですね。
影武者徳川家康、あずみとかマンガでは悪役?は見たことがありますが。
江もマンガのような感じでしょうか。

小姫の件はスルーだと思ってましたが、長丸に言わせてましたね。
五歳だと、皮肉たっぷりに言ってましたが・・・
11歳のお前が言うなって(笑)
ドラマではスルーでしたが、聚楽第で婚約式をしたといわれています。
これは渡辺江美子様の論考に詳しい。福田千鶴様「淀殿」詳しく触れられています。
これに反対の論考としまして、片山正彦氏があります。
 片山氏の論考読みましたが、釈然としません。
この頃、江は聚楽第の小吉秀勝の屋敷に居た可能性は高いのではないでしょうか?
ここで、婚約式に出席し、長丸にはじめて対面したのはありえるのではと思っています。

小田原までついていった江でありましたが、一夜城のアイディアは江じゃなかったことだけは、認めてあげましょうか(笑)
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~ Comment ~

西郷殿

k2様
系譜の類は、人物毎に項目立てされているので、それぞれの人間関係を判断するには、不便です。
家忠本人による『家忠日記』を読んで、初めて気付きましたが、今回放送の長丸上洛は、生母・西郷殿の殺害事件から半年程しか経っていないんですね。しかも事件当時家康は上洛中で、駿府に戻ったのは、20日程後(葬儀は事件の4、5日後に終了)です。
長丸がグレたとすれば、このあたりを理由にしても良かったと思いますが、秀康を人質に出した事が~、とか何とか北大路家康に言わせてました(笑)。ただ、怪我の功名ながら、当時の長丸は、結構あんな感じだったはずです。
こうした生い立ちを考えると、家康に対する複雑な感情があって、“ほぼ” 江一筋で、ほとんど側室を持たなかった、という事も、十分理解出来るような気がしますが・・・。

No title

武江様
こんばんは。
今回の秀忠は今までと違うキャラのようなので、楽しみ?ですね。複雑な家庭環境の件は、多分そのような資料にあたってないような気がします。
 

西郷殿は病死?

k2様
連夜のコメント申し訳ありません。
昨日の『家忠日記』の記事。秀忠生母、西郷殿が、野田菱沼助兵衛と喧嘩の上殺害された事を書き残した一次資料、と受け止められ、福田先生も『徳川秀忠』で、何らかの事件に巻き込まれたようだ、とされています。
原文は、「駿川(河)若君様御袋西郷殿一昨日十九日ニ御死去の由申来候野田菱沼助兵へ(衛)喧嘩にて死去之由申来候」です。
しかし五月二十一日の出来事を淡々と記したこの記事の前後には、全く関係のない出来事が記されており、特に後には、「幡立龍花院小笠原彦左衛門所より山もゝこし候」と、状況から考えるとちょっと笑える記事が続いています。
こうした記述の特徴から考えると、西郷殿死去の報告と、野田菱沼助兵衛の話は、全く別な事、つまり助兵衛が喧嘩で死去した、との報告が、偶々同日に届いて記録されたものではないか、と思えてきました。
尤も家康の留守中に西郷殿が死去した事実は変わらないので、その直後と言ってもいい時期に上洛させられる、数え11歳の長丸の心中いかばかりか、という事にも変わりありません。
まあ、大河にはどちらでも影響無いのでしょうけど(笑)。

No title

武江様

こんばんは。
これからさっぱりわからないので、ご教示をお願いします。
 資料解釈は、取る人によってマチマチですよね。
日々記の立花説に、賛同した方のコメントが思い出されます。
 大河では、実母より養母ばかりでしたね。江がどうやって尻に敷くのか?楽しみですね(笑
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