織豊期主要人物居所集成

織豊期主要人物居所集成

楽しみにしてました、少し高いので躊躇してましたら府立図書館が購入してくれてまして。
豊臣秀次は藤田恒春氏。
三好養子入りに関しては、天正3年から10年の間とかなり幅を持たせてました。
また、宮部の養子入りも述べてますが、10歳未満のことについては・・な感じで(笑)
浅井茶々は福田千鶴氏。
小谷から、北の庄へ。
何もかもカット。すっぱっと行きましたね。
孝蔵主は藤田恒春氏。
小倉鍋が信長の乳母という誤記。
小倉婦人記事の北方女房衆、三人之老女の解釈はどうでしょう。
今まで、そんな解釈された方っていません。
それと特筆するものが天正14年2月23日織田信雄御局の湯治飯米領として5斗の支払いの記事。
出典は浅野文書らしい。小姫に同行したついででしょうか?

織田信長は堀新氏。
ざっと一読しましたが、妙顕寺はスルーでした(笑)
この朝倉攻めでは松宮は邸ですが、城でもよかったのでは。山の上でしたし。
信長三子岐阜城同時元服は否定されているのでは。
義昭の槇島城攻め、やってしまった上柳山。柳山が正解。
上京焼き討ち、本陣は南蛮資料では等持院が本陣とあったような気が。
もう少し読んでみたい。
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妙顕寺 若州三方郡国吉籠城記が出典のようです。
等持院 私も何かで見た様な気がするのですが、普通なら知恩院ですよね。両論併記されるかと思ったので。少し調べたら出てきませんので、少し時間を

邸ですが、「邸」とある資料があるのかと思ったのですが。
角川のはそうなかったので。

また、あらためて見てみます。

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