秀吉が果たせなかった花見

秀吉が果たせなかった花見

すっかり更新が出来てません。


伏見向島の植樹とその後 瀬田勝哉著
中世の中の「京都」より
少し気になっていた向島城についての論考。
この向島に桜植樹を考えた秀吉は、造営を秀次に命じます。
それは駒井日記が残っていた為、資料が残っていたということになります。
ここで千姫が誕生した、つまりここに江が嫁いだのではと、千姫考で論考されていますが、やはり確認できません。しかし、江のことはおいといて、あの地震によりこの植樹は失敗に終わります。
 それでは秀吉が花見を諦めたわけではなく、醍醐の花見へと繋がっていくわけです。
秀吉が慶長三年に死ななければ、翌年行幸も計画されていたようです。
 
ここで目を惹いたのは歌について
秀吉はこの花見の前に義演にむかってこういう歌をよんでます。
相おひの松に花さく時なれば み雪の桜千代や経ぬらん
これは、相おひの松とは年を重ねてきた夫婦のことですが、花さくが秀頼のことだと思われるので、この夫婦とは北政所ではなく、西の丸殿つまり茶々のことだと考えられるそうです。
 この時131首読まれた歌の短冊が残されているそうですが、相おひの松を詠んだ歌は28首あるそうですが、相生の松という言葉を使っているのは西の丸殿だけだそうです。
 あひをひの松も桜も八千世へん 君がみゆきのけふをはじめに
これは秀吉の歌に呼応してのもので、秀吉との間にできた秀頼の桜を組み合わせて、その永遠性を言祝いでいるわけです。この花見自体実際の主人公は、秀頼であったようですが、あひおひの松に返歌していない派閥が短冊で色分けできるのではと論考されています。
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下手の考え

こんにちは。
すっかりご無沙汰をしてしまいまして…。

今タイトルの書籍とは関係ないのですが、桐野さんの軍事のカリスマが単行本になって発売されたんですね。
私は連載を買い続けるのが辛く、単行本待ちだったので嬉しいです。

私は最近、「信長が中国攻めでは和睦でおさめようとしていたのではないか」というテーマを少し考えています。休むに似たりですけど。

ではまた失礼致します。

原稿募集

青霧谷様
こんばんは。
ご無沙汰です。
桐野さんのは、毎月コピーしてましたので最近は楽しみが無くなってしいまして残念です。

テーマをお持ちだそうで。
是非とも年末までに書いてみて下さい。
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