信長の「大名茶湯」と利休のわび茶

信長の「大名茶湯」と利休のわび茶

竹本千鶴氏の講演に、大山崎町歴史資料館へ行ってきました。
前日岐阜では信長フォーラムが行われ、信長に学ぶおもてなしと題し、童門冬二氏の講演があり「信長は千利休から茶湯を通じおもてなしの心や文化の重要性を学んだ」と新聞記事にありましたが、本講演の最後の質問コーナーで信長の茶の湯の師匠は、松井有閑であったと説かれていました。
利休は茶頭ではあったあったが、舞の師匠でもあった松井が教えたのであろうとのことでした。
 松井有閑に関しての論文、二件を書かれている竹本氏ならではのお答えでした。
(有意義な)講演は出来るだけ拝聴したいと思いました。

終わってから、いつもの様に情報交換会をしました。
メモ変わりに。
紀伊国金石文集成 高野山奥の院の五輪塔抜粋。
中でも豊臣家墓所の天正廿年五月七日 二位法印後室逆修が誰か?
豊臣家場所は、柵が有る為中に入れないので見逃したわけですが・・
蒲庵稿に顕照院殿と題する小祥忌(一周忌)の法語がありその年次は文禄二年
これが武井夕庵では?と教えてもらったことがあるのですが、そうすれば武井室かは別にして、亡くなった年に室が塔を建てたことになります。
筑波山知足院取次の淀君塔・秀頼塔も写真付きで掲載されていました。

織田孫十郎と信次 富田 信房養子入り 内藤と青山の息子 南部 信孝誕生日 お市手紙
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