あけおめ

あけおめ

江の総集編が、なんと早朝に放送するという力のいれなさようにびっくりした年末でした。
本年もマイペースで更新していきます。

南心様、「へうげもの」ありがとうございました。
年末多忙でご返事が遅れましたことお詫びいたします。
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~ Comment ~

k2様
 あけましておめでとうございます

 昨年より時々コメントに参加させて頂き、
暖かく貴重な返信を頂いておりますこと感謝申し上げます。
 昨年12月には(まだひと月もたっていませんが)織田信雄が初代藩主を務めた大和宇陀松山城址を訪れその菩提寺の徳源寺にまわり信雄以下4代の五輪塔の並ぶ墓所に登って掃苔してきました。

 今年もk2様のブログを頼みに学んでいきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

あけおめー!

あけおめー!
と、江戸の頃から言ってたようですね。

いや、それは兎も角、総集編の話は、k2さんの情報で初めて知りました。今年の初ビックリ情報です。
今後とも、いろいろと教えていただきますよう、今年も宜しくお願いいたします。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
昨年中はいろいろとご教授賜り、本当にありがとうございました。

大河の総集編、見ておりませんがそんなことになっていたんですね…
これで浅井三姉妹の印象が悪くなったらいやだなあ…と案じております。いつか、メンバーを一新してぜひ再チャレンジしていただきたいです。

ともかく、中途半端なお祭り騒ぎムードが終わったのは個人的に喜ばしい限りです。
またマイペースにやっていこうと思っております。
どうぞ、本年もよろしくお願いいたします。

猫山殿様
おめでとうございます。
徳源寺掃苔されましたか。
花入れが、木瓜紋なのはここだけです。

武江様
おめでとうございます。
昨年は色々ご教示頂きありがとうございました。今年もよろしくお願いします。

紀伊様
おめでとうございます。
こちらこそ、色々勉強させて頂いてます。

まだ祭りの後状態ですが(笑
ぼちぼち脱江にならないといけないのですが・・・

k2様、新年おめでとう御座います。
 先日、ネットサーフィンをしていましたら、ブログで小説を書いている人のサイトが見つかりました。そこには、小嶋日向守の手掛かりを探していた私に取って、実に興味深いことが書いてありました。しかし、情報の出典が全くなくて、ほとんど空想の産物のようにも思えるのですが、私がかねてから、関係を模索していた、織田氏と、小嶋、河野、林、長谷川といった諸氏の名まで書いてあったことに驚かされました。

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ttp://blog.livedoor.jp/ninzya5/archives/51182055.html
小嶋日向守は、楡資保明神社の宮司家である。
岩室長門守の母親が織田信秀の妹
長谷川橋介の親せきが織田信秀の側室だった。
織田家が元々もっていた既得権益というのは麻。
麻繊維の栽培と販売などの座で、油座はもともと妻木氏がもっていた権益で、織田家が妻木氏を臣従させて手に入れたものらしい。
小嶋日向守信房も油利権の関係者で妻木の縁者の明智が美濃の石清水八幡宮の荘園の管理をしていたらしい。
小嶋氏は楡資保明神社の宮司家であり、ここが美濃へ油を運びこむ窓口になっていた
織田家というのは、もともと繊維産業を基幹産業としていた
 木下藤吉郎の父親も一部麻の生産をしていた
熱田加藤家が大量に輸入木綿を導入した
麻の生産をしていた農家は春日井が中心だった
植林を中心とした山の生産管理に携わっていたのが河野氏を中心にした物流に携わる一族であったようです。この人たちが林氏を名乗ったらしいです。こういう点で織田家と林家は関係があったようです。

ttp://blog.livedoor.jp/ninzya5/archives/51105982.html (このサイトに書かれている)
楡資保明神社
「頭の中にイマジネーションが浮かびました。あたまに浮かんだまま書きます。実史ではありません。あくまでも私のイメージです。犬山の勘定方織田信定は美濃の油の物流の窓口でもある美濃薮田の楡資保明神社と親しい間柄であった。地理的にも近く、折衝でよく懇談することもあった。非常に強い信頼関係を構築し、織田信定の子供、織田信房を楡資保明神社の宮司家、小嶋家の養子に出すことになった。」(このブログの小説)
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どうやら、この方はK2さんらの情報から小説を書いているように思えるのですが、元になった情報は無視できない貴重なものだと思います。小嶋日向守信定を、織田信定と同一人物としている点など、私には同意出来ないことも多いのですが、私にとって、謎の一つだった岩井氏というのが、ひょっとしたら、祝重正(はふり しげまさ)の名字が後に岩井と変わったと考えれば合点が行くのではないかと思い付いたりしました。k2様がこの楡資保明神社というのをご存じであれば、御教示願います。

 今年もよろしくお願い申し上げます。
 「へうげもの」またお送り致します。
 今後ともご教導戴ければ幸いです。

小嶋様
おめでとうございます。
久しぶりのコメントですね。
そのサイトはたまにのぞきますが、以前当サイトを取り上げていたこともあったので、小嶋日向守もここか、以前ごくうさんの掲示版で書いたことが出典なのでしょうね。
 内容は小説でもなさそうなので、注意が必要でしょうね。その神社は残念ながら存知ません。
 祝重正の(はふり)の、岩井は当たりだと思います。

南心様
おめでとうございます。
こちらこそ、お手数をかけます。
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